かなしみ。

観た映画についての短文まとめ

アイアンクロー(ショーン・ダーキン監督、2023年、アメリカ)

The Iron Claw

9/10


80年代のテキサス。プロレス一家のフォン・エリック家というのがおり、父親のフリッツ(ホルト・マッキャラニー)をはじめとして、その息子四人全員*1がプロレスラーだった。兄弟たちは父親の悲願であったNWAのヘビー級世界チャンピオンを目指して邁進するが、のちに「フォン・エリック家の呪い」と呼ばれる数々の悲劇に見舞われていくことに……というお話。
一見スポ根のようだけれど、実はアンチスポ根だったりもする。ちかごろの格闘技映画、特にボクシング映画やプロレス映画といえば、寄りのカメラで飛び散る汗や激しい息遣いを切り取るものという作法があるのだけれど、この映画は試合のシーンになってもそこまで劇的なカメラ回しをしない。
それが極まるのが三男ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)の世界チャンピオン戦。先述のように父親の夢であり、ある種の弔い合戦的なアングルもあって、通常のスポ根映画なら大いに盛り上げるところなのだけれど、あっさりを通り越して、ほぼ飛ばしてしまう。
これは事実上の視点主人公が次男のケビン(ザック・エフロン)であるところも大きい。彼は真面目でマッチョで誠実で兄弟や家族に対する愛情に満ち溢れたナイスガイなのだけれど、根がやさしいせいかあと一歩のところでレスラーとして大成できない。そのせいで、父親からの期待が他の兄弟に移るようになり、愛する兄弟の活躍を日陰から見守るという複雑な立ち位置になってしまう。
父親はまあ、暴力親父とかではないのだけれど、とにかくザ・家父長!みたいな人物で、とにかく自分が現役時代に獲得できなかったチャンピオンベルトに固執していて、息子たちのためというよりは自分がかつて果たせなかった夢を叶えてもらうためにハッパをかけてくる*2。どうも父親には「自分は本来チャンピオンベルトに値したのに、他のやつらの思惑のせいで奪取できなかった」という思い*3があるようで、さんざん息子たちに「やつらは俺達からなんでも奪いにくる。それを許すな」と言ってくる。
こんな父親の存在がプレッシャーとなって兄弟たちの人生にのしかかってくる、といった次第。

そんな父親にケビンも愛憎入り交じった感情を終始抱きつづけるのだけれど、一方で兄弟愛はまっすぐに純粋でうつくしいものとして(特に前半では)描かれる。この描写がほんとうにいい。マッチョな男兄弟たちが笑いあいながら戯れる。ケビンの結婚式のダンスもほんとうによい。『エブリバディ・ウォンツ・サム!』みたいにずっとこの瞬間がつづけば幸せだったのだけれど。
ケビン役のザック・エフロンのたたずまいも一役買っていて、かなりのムキムキなボディにどことなく頼りない輪郭、そしてピュアな瞳、といったバランスはいかにも「大人の身体をもてあました子ども」といった印象を強める。「幼い頃に兄を亡くしたせいで長男的役回りを引き受けている次男」というポジションも絶妙。彼なりに崩れていくブラザーフッドをなんとか繋ぎ止めようとするんだけど、それはそもそも父親の病んだ野心のもとに築かれたものだから、彼自身うまいやりかたが見つけられなくてズルズルいってしまう。

ほんとうに、ラストシーンがいいんですよね。シチュエーション的には陰惨極まりないのに。ザック・エフロンの顔一発でなんとなくいい感じにしめた気分になる。そう、涙の映画でもあるんですね。
撮り方はやたらにじりよるズームを多用したり、時代に応じた演出(モノクロ撮影だったり当時のプロレス番組風のエフェクトだったり)がすべっていたり、メンタルヘルスまわりの描写が単調だったり、要所要所であまりに突き放しすぎかとおもえばベッタベタなやつたってきたりと、同意できないところも多いのだけれど、兄弟もの好きとしては抗いがたい魅力をもった作品。
あと、アメリカではマンションでもデカいイヌ二匹も飼えてうらやましいなっておもいました。

*1:四人兄弟ではなく劇中では幼少時に事故で死んだ長男にも言及される。しかも史実では六人目の末弟もいて、彼もまた悲劇的な死を遂げている。

*2:ちなみにケビンに重要な試合をセッティングしてやるシーンでは、最初嬉しがってたケビンが父親から「俺の夢を果たしてくれ」と言われた途端、BGMも不穏なものに切り替わるのがあからさますぎてちょっとおもしろい

*3:プロレスにおけるポリティクスは序盤でケビンの口から示唆される